季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く
私の話を黙って聞いていた順平が、コーヒーを飲んでため息をついた。

「そうか…。朱里は知らなくて当然だな。」

「何を?」

「俺はその稽古中に体調が悪くなって…もしかしたらと思って病院に行ったら、再発してたんだ。すぐ入院って事になって…でも良くなるどころかどんどん悪くなって…。今度こそもうダメかもって親が医者に言われたって。」

「そうだったの…?」

「ああもうダメかもって自分でも思ってさ…俺の事なんか忘れてくれてもいいから、最後にもう一度だけ朱里に会いたいって毎日思ってた。そしたら骨髄移植のドナーが見つかって…。」

「病気…治ったの…?」

「やっと元気になって退院して…真っ先に朱里に会いに行ったら、もう朱里はいなかった。劇団の人にも病気の事は話してなかったし、朱里は俺が入院してたの知らなくて、俺が急にいなくなったと思ったのかもとか…。」

「劇団は…?」

「やめたよ。俺は主役で舞台に立つのを朱里に見てもらいたかったから頑張ってたんだ。朱里がいなかったら意味ない。」

「そう…。」

一生懸命お芝居の稽古をしていた順平の姿を思い出す。

不安になるほど大好きだったあの姿はもう見られないんだと思うと、悲しい。

夢に向かって頑張っている順平が好きだった。

それなのに夢を追う順平に手が届かなくなりそうで不安になった。

だから私は、ずっと一緒にいてくれる人を求めて、順平と離れてまだ間もないうちに知り合った壮介と付き合い始めた。



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