季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く
新しいメニューに必要な、足りない食材を買いに行く事になった。

もうすぐ仕入れ業者が来るので、店長は店を空けられないそうだ。

店長からお金を預かり、裏口から外に出ようとドアを開けると、目の前に早苗さんがいた。

お互いに黙って顔を見合わせた後、私は目をそらして軽く頭を下げた。

「久しぶり。元気だった?」

久しぶりに聞く、早苗さんの優しい声。

私は顔を上げる事もできず、黙って小さくうなずいた。

「どこに行くの?買い物?」

「…ハイ…。」

うつむいたまま返事をするので精一杯だった。

「朱里…顔上げて。」

胸が苦しくて、早苗さんの顔が見られない。

私が首を横に振ると、早苗さんは小さく笑って私の顎をクイッと持ち上げた。

「ここ、ソースついてる。」

「あ…。」

指先で頬を拭われ、恥ずかしくて顔がカーッと熱くなる。

「ハイ、取れた。」

「すみません…。」

ソースは取れたはずなのに、早苗さんは私の顎に手を添えたまま、ジッと見つめている。

「あの…。」

その眼差しに耐えきれず、もう大丈夫だから離してと言おうとすると、早苗さんは私の頬に指を滑らせ、その指先で唇に触れた。

「そんな無防備な顔されると…キスしたくなる。」

「えっ…。」


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