季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く
私がボーッとしている間に、少しずつ店内が賑わい始めた。

飲みかけのモスコミュールを一口飲んで、昔の事を考えるのはもうよそうと思う。


今となってはもう昔の事だ。

あの時だって今だって、順平は若い。

私との事なんてきっと、一時の気の迷いくらいにしか思ってないはずだ。

もう一度だけ我慢して顔を合わせれば、もう会う事もないだろう。

余計な事は考えないでおこう。

あの人は偽壮介。

今はもう恋人なんかじゃない。


そんな昔の事より今夜の事だ。

夕べは酔って連れ出されそうになったのが功を奏して、マスターの厚意でここに泊めてもらえたけれど、今夜はどこに行けばいいだろう?

友達にもホントの事は話せないし、マスターに頼むのも気が引ける。

やっぱり今夜こそネットカフェか。

そういえば財布の中にいくら入っていたかな。

早く新しい部屋を見つけなきゃ、毎晩どこに泊まるかで苦労する事になる。


だけど先立つものがない。


今日、“壮介の都合でキャンセルしたんだから私のお金を返して”と言ったら、今すぐは無理だと言われた。

彼女と暮らす部屋を借りて、出産費用と生まれてくる子供のために必要な物を揃えるお金がいるから、まとまったお金は今すぐ用意する事はできないと、都合のいい事を言っていた。

子供のために、と言えばすべて許されるとでも思ってるのか?

子供に罪はない。

むしろ悪いのはあの二人だ。



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