季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く
「陽平は…ホントは朱里に会いたかったんだ。死ぬ間際にな…朱里に会いたいって…もう一度だけでいいから愛してるって言いたいって…。それから間もないうちに、涙流しながら…オマエの名前を呼んで…息を引き取った。」

その時には…私はもう、逃げ出していたんだ。

彼がいまわのきわに私に会いたいと願っていてくれた時、私は壮介と一緒にいた。

何も知らなかったとは言え、悔やんでも悔やみきれない。

「その手紙…陽平が入院してまだ意識がハッキリしてるうちに書いたもんだ。書くには書いたけど…やっぱり渡すのはやめようと思ったんだろうな。丸めてゴミ箱に捨ててあったのを俺が拾った。」

つらいのを我慢して書いてくれたんだろう。

見覚えのある文字が、少し乱れている。

「陽平が死んで少し落ち着いた頃にな…やっぱりオマエには知っていて欲しいと思って…陽平の持ち物からオマエの住所とか電話番号とか調べて会いに行ったんだ。でも、オマエはそこにはいなかったし、電話も繋がらなかった。」

「うん…。」

引っ越して落ち着いた頃、私は携帯電話の番号を変えた。

順平との繋がりをなくすために。

「あとはこの前話した通りだ。ずっと探して…劇団の人間には陽平と間違われたけど、黙ってるって陽平との約束だったからな。まぁそれでもいいかと思ってそのまま…。」

順平は彼との約束を守っていたんだな…。

元々“順平”と名前を偽っていたのは“陽平”で、順平自身は嘘をついていたわけじゃない。

結果的に陽平の身代わりのようになってしまったけれど。




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