季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く
バーでの仕事を終えて、私はまた順平の背中を目で追いながら、夜道を歩いていた。

今日も順平はさっさと自分のペースで歩く。

もう待ってとは言わないけど。

バーで顔を合わせても、順平は昨日の晩の事なんてなかったような顔をしていた。

それは私も同じ。

偶然とは言え、順平に彼女がいる事がわかったし、私はもう昨日みたいな隙を見せないようにしようと決めた。

これ以上波風を立てないように、余計な事は考えないように。

いつ沈んでもおかしくない泥舟を守るのは、私しかいない。

食事会が済んで落ち着くまでは気が抜けない。

それが済んだら、できるだけ早くお金を貯めて新しい部屋を探そう。

そしてまた新たな道を見つけなくては。



今夜もまた、お風呂上がりの順平は上半身裸のままでリビングをウロウロしている。

私が着替えを持って浴室に向かおうとすると、順平はまた私をジロッとにらむ。

「シロジロ見んなよ。」

「見てません。」

見るなと言うなら服を着ればいいのに。

イヤでも視界に入るじゃないか。

夕べはそこになかったはずの、胸元についた赤いものとか。

それは紛れもなくキスマークというやつだ。

恵梨奈につけられたんだな。

マーキングでもしたつもりなのか。

その赤いアザは、他の女を寄せ付けないようにするにはじゅうぶんな存在感を放っている。




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