季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く
順平はソファーから立ち上がり冷蔵庫に水をしまうと、冷蔵庫の前に立っていた私の体を抱き寄せて、今にも触れそうなほど顔を近付けた。

「だったら体で払う?」

「……バカ。」

「イヤって言わないって事は、いいんだな?」

「ちが…!」

違う、と言い掛けた私の言葉を遮り、順平の唇が私の唇を塞いだ。

私の理性を奪い去ろうとするように、順平は舌を絡めて激しく私の唇を貪る。

順平の腕に強く抱き寄せられ逃げ場をなくした私の体は、欲情にかられ抗う事も忘れている。

勘違いしちゃダメだとわかっているのに、順平のキスは、付き合っていたあの頃の順平への気持ちを蘇らせた。

思わず順平の背中に腕をまわしてシャツをギュッと握ると、順平は唇を離した。

「バーカ。冗談に決まってんだろ。その気になってんじゃねぇよ。」

「……ならないよ、バカ。」

やっぱり相当弱ってるな、私。

ハタチやそこらの小娘じゃあるまいし、いい歳して、このままどうなってもいいと思ったなんて恥ずかしい。

私はもう、順平との終わった恋を蒸し返して浸っていられるほど若くない。

「もう、こういう事するのさ…冗談でもやめてよ。」

「本気でして欲しいの?」

「そういう意味じゃなくて…。それに、キスは嫌いなんでしょ?恵梨奈が言ってたよ。」

「別に。あいつとはしたくなかっただけ。」

「何それ。意味わかんないんだけど。とりあえず、私もう行かなきゃ。料理はまた今度。」

少し乱れた髪を手櫛で整え、上着を持って部屋を出た。

私は順平の顔を、まともに見る事ができなかった。




< 71 / 208 >

この作品をシェア

pagetop