季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く
私は酔いの回った頭の中で考える。

あの頃、順平とはこんなふうにお酒なんて飲んだ事はなかった。

順平はあまりお酒が強くなくて、劇団の飲み会でも先輩たちのオーダーを店員に伝えたり、散らかったテーブルを片付けたり、とにかくあまり飲みすぎないように自分でセーブしていた。

ジョッキ一杯ほどビールを飲んだら耳や首筋まで真っ赤になって、いつも先輩たちにからかわれていたっけ。

だけど今目の前にいる順平は、もう何本も缶ビールを空けている。

ついでに言うと、順平は私の事を、“オマエ”なんて一度も呼んだ事はなかった。

いつも優しい声で“朱里”と呼んでくれた。

乱暴で強引なキスもしなかった。

私を宝物のように大事にしてくれた。

そして私は知っていた。

順平が大きな爆弾を抱えていた事を。

いつそれが爆発しても悔いが残らないように、必死で夢を追い掛けていた事も。

“たとえそれが原因で残りの時間を縮める事になってもかまわない。”

順平は他のみんなには隠していた大きな秘密を私にだけは教えてくれた。

私はいつ来るか知れないその時を恐れて、私の中の順平との時間をこのまま止めてしまおうと逃げ出した。


最初からわかってる。

今、目の前にいる順平は、私の好きだった優しい順平ではない。

けれど彼が順平を名乗る以上、私はそれに気付かないふりをしていよう。



< 84 / 208 >

この作品をシェア

pagetop