とっくに恋だった―壁越しの片想い―
「あ、次、俺の番~」。
平沢さんとの会話を、ちっとも気にしていない様子の土田さんが、立ち上がりマイク代わりのテレビのリモコンを持つ。
歌い始めたのは、私が学生のころ流行ったバラードだった。
ほかのふたりがハモッている。
「私、もう、こどもじゃないんですよ」
平沢さんがこちらを向いたのが、視界の端っこでわかった。
急にこんな話を出したんだから当然かもしれない。
視線を平沢さんには合せないまま続ける。
「平沢さんにとっては、いつまで経っても、人見知りで付き合い下手な後輩にしか見えないのかもしれないけど……これでも私、この半年、社会にもまれて成長したんですよ。
だから、あれくらいの悪ノリ、どうとでもできます」
今さらこんなことを言ってどうなるのか。
きっと、どうにもならないことはわかっていた。
それでも、〝後輩〟って立場から抜け出したかった。
鳥山さんと同じ〝彼女〟って立場にしてほしいなんて望まない。
ただ、ひとりの女としても見てもらえないのは、堪らなく嫌だと思った。
「……ごめん。でも、俺が見てられなくて」
そう謝る平沢さんが、少し俯いて後ろ髪をかいて笑う。
「だって、俺が華乃ちゃんの隣に座れるまで、結構時間かかったのに、他のヤツが平気でそこに居座って、あげく気安く触るとかさ……嫌なんだよ」