とっくに恋だった―壁越しの片想い―



金曜日の居酒屋は、平日だとは思えないほどに賑わっていた。

それぞれ個室から聞こえてくる声は、まさにどんちゃん騒ぎといった感じで、社会人なんてみんなストレスをため込んでいるんだなと、おかしなところで安心する。

同時に、こうして騒ぐことでストレスが解消されるなら、どんなに楽だろうとも思う。

お酒が好きで、気持ちよく酔って翌日は記憶がない、みたいな酔い方をできるならよかったのに……残念ながら、お酒は強いほうじゃない。

ビールも嫌いだし、飲み会の場にきたところで、飲めるのは甘いチューハイやカクテルくらいだ。

この一ヶ月、忙しかったし、早く帰れるときくらい早く帰りたい。
そう思うのにわざわざこの会に参加したのは……あの部屋に帰りたくないからだった。

二週間ほど前、〝私を、女として見てください〟なんて口走ってしまいそうになったあと、堪らなくなって部屋を飛び出した。
〝おやすみなさい!〟と言い残して。

平沢さんに呼ばれたのはわかったけれど、振り向かないで自分の部屋までダッシュして閉じこもった。
そこからは会わないように避けてきたから、顔を合わせていない。

でも、そのあとも鳥山さんが遊びに来てるんだなって気付いた日はあったから、うまくいってるんだろう。

だとしたら、今日みたいな金曜日の夜なんていかにもな感じだし……平沢さんじゃなく、鳥山さんとバッタリも避けたい。

それに今日は、〝ウグイス定期〟で集めた預金高が、全支店で二位だったという好成績を称えてくれた支店長のおごりだし。
どうせなら、またデザートでも食べて帰ろうと思い、参加することにした。

幸い、食欲はなくても甘いものなら多少は食べようって気になるから。

時計を確認すれば、二十時二十分を指していて、飲み会が始まってから一時間半が経とうとしていた。


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