とっくに恋だった―壁越しの片想い―


「でもさー、俺、ちょこちょこ見てたけど、他にはほとんど手つけてなかったじゃん」
「セクハラ……」
「冗談で誤魔化すな」
「……ちょっと食欲がなかっただけです」

「顔色だってここ一ヶ月くらいずっとそんなだし、クマだって消えないし。野々宮、あんまり食べたり休めたりしてないだろ」

真っ直ぐな瞳に言われ、どう答えようと迷う。

だけど嘘をつく気にもなれなければ、その嘘が通じるとも思えなくて、素直に謝ることにした。
不摂生しているのは、不本意ではあるものの事実だ。

「すみません」
「いや、怒ってんじゃなくてさ、心配してんの。なんか……多分、うまくバランスとれなくなってんだろうけど、飯はちゃんと食わないと」

「……はい」
「腹いっぱいになるとやっぱり幸せだし、満腹になったら眠くなるように人間はできてるんだしさ。
まずはちゃんと食べるところから始めないとな。そこサボってたら回復しないぞ」

最もなことを言われ「……はい」と頷くと、木崎さんは「じゃあ、なんか注文しろ。なにがいい?」と笑顔でメニュー表を見せてくる。

開いているのは、ご飯もののページ。

チャーハン、ライス、ピラフ……とある中から、「じゃあ……鮭茶漬けのハーフサイズ」と指さして言うと、木崎さんが店員さんを呼び、注文してくれる。

「ウーロン茶と、ジンジャエールと鮭茶漬け」

ハーフサイズが抜けていることに気付き言おうとすると「食べきれなかったら俺が食べるから、とりあえずちゃんと一人前な」と、ニカッと満面の笑みを向けられ、頷いた。

こんな風に、ご飯の心配させちゃうなんて、大人としてどうなんだろう、とは思うものの……正直、嬉しかった。
平沢さんも、同じように、私の食生活を気にしてくれていたから。



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