とっくに恋だった―壁越しの片想い―
店員さんがすぐに運んできてくれた鮭茶漬けは、黒い器に入り、木製のレンゲが差し込まれていた。
「たーんと食べろよー」
お年寄りがこどもにでも言うような口調の木崎さんに呆れて笑いながら、一口、口に入れる。
熱いご飯が口の中に広がり、鮭の塩気と混じり合う。
じんわりと身体を内側からあたためていく。
お腹のあたりが、あったかくなって安心する。
それを感じながら、一口、また一口と、レンゲでお茶漬けをすくって、半分ほど食べたとき。
なぜだか、涙が一気に込み上げてきて溢れた。
ポロッとこぼれおちた涙に、自分で驚く。
だって、泣いたのなんて……本当に記憶の中に見つからないくらいに久しぶりだ。
こんなに熱いものだったっけ……?と疑問に思いながらも、慌ててそれを拭こうとして……隣から伸びてきた手にそれを止められる。
木崎さんが私の頭を抱き寄せ、胡坐をかいた自分の太腿の上に寝かせる。
「寝ちゃったってことにするから」
「え……っ、ちょっと……」
「大丈夫だから。スッキリするまで泣いていいよ。俺が隠してるし」
隠すようにして私の目元を覆う、大きくて温かい、厚い手のひら。
指の間から漏れる、オレンジ色の優しい明かり。
賑やかな声。
ここは居酒屋で、同室にいるのは、同僚で先輩だ。
決して、泣くのに適した場所ではないのに……それをわかっていても、涙は止まろうとはしなかった。
「あれ、野々宮さん、どうしたの?」
「なんか酔って寝ちゃった。いいよ、終わり頃に起こすから」
「へー、珍しい。野々宮さんって、そんな風に他人に懐くような子じゃないのに」
「俺って猫とか犬に好かれやすいからなー」