とっくに恋だった―壁越しの片想い―
適当に話してくれている木崎さんの声が聞こえて、私は犬でも猫でもないと思いながら、静かに涙をこぼした。
あたたかさ。優しさ。雰囲気。笑い方。
木崎さんの持っているものは、平沢さんにとてもよく似ている。
……でも、違う。
だから、余計に心は平沢さんを求め、鳴く。
こんなにあたたかい優しさを向けられながら尚も、平沢さんに手を伸ばしたくなる自分に。
気持ちの大きさを思い知り、喉を通る空気さえ震える。
苦しい。
痛い。
……寂しい。会いたい。会いたい。
でも、会いたくない。
〝恋に堕ちる〟なんて表現をよく耳にするけれど、あれは本当だったのかもしれない。
どっぷりと暗い海の底。
ただもがき苦しむしかできない自分が、滑稽に思えて仕方なかった。
恋は多分、思っているよりもずっと、綺麗なだけじゃない。
二十三年も生きてきて、そんなことさえ、知らなかった。
あまり泣かないだなんて、どの口が言ったんだ。
樋口さんとの会話を思い出し、唇をかみしめた。