とっくに恋だった―壁越しの片想い―
でも、そんなことは口に出せなくて。
ただ黙って目を伏せたままもう一度首を振っていると、平沢さんが立ちあがったのが視界の隅でわかった。
こちらに歩いてきた平沢さんは、私の目の前で立ち止まると、覗き込むようにして私と目を合わす。
すがるような瞳に見つめられ、至近距離から合った視線に肩が跳ねそうになった。
「なぁ。俺、本当にもう華乃ちゃんに構っちゃダメなの?」
答えられずにいると、平沢さんが続ける。
「俺やっぱり、前みたいに仲良くしたい」
ただじっと見つめていると、「なぁ。……華乃」と呼ばれ……息を呑む。
いつもはふざけて〝華乃ちゃん〟って呼ぶくせに。そんなのは反則だ。
そんな真剣な声で、そんな真っ直ぐな眼差しでそんなの……ズルい。
私だって、仲良くしたい。できるものならとっくにそうしてる。
でも、仕方ないじゃない。
平沢さんが望む、〝仲良く〟と私が望むそれは、違うんだから。
……だから、そんなこと言われても、困る。
「華乃ちゃん……」
「私、付き合ってる人がいるんです」
平沢さんの声に被さるようにして言うと、見つめる先で瞳が驚きから見開かれる。
驚きもするだろう。
平沢さんは、今までの私の態度や言葉から、私がどれだけ恋愛に興味がなかったかを知っているんだから。
「え、付き合ってるって……彼氏?」
「はい」
間髪入れずに肯定する。
だって、こんな風に、仲良くしたいなんてまた言われたら困るから……ツラいから。
嘘つくほかなかった。
「その人が、私が他の男の人と会ったり話したりするの、嫌だって言うから」
ペラペラと嘘が口をつくんだから、女はすごいなとどこか他人事みたいに思う。
平沢さんはしばらく驚いた顔をしていた。
けれど、そのうちにそれは真面目なものに変わる。