とっくに恋だった―壁越しの片想い―
「……悔しい」
泣きながらそうもらした私に、木崎さんが「え?」というから。
「木崎さんの思惑どおり、泣いちゃって、悔しい……」
そう説明すると、木崎さんは「はは、本当だな」と明るく笑う。
「後輩を泣かせようとするなんて、どういう先輩よ。野々宮さん、コンプライアンス課にメールしてもいいわよ。先輩に強引に泣かされたって」
樋口さんの言葉に、鼻をすすりながら「そうします」と言うと、木崎さんは「ええっ」と慌てた声を出す。
「100%の厚意だったのに!」
「まぁ、冗談は置いておいて」
木崎さんの慌てようなんて気にした様子もなく、樋口さんは冷静に話題を戻す。
涙を拭いてから顔を上げると、樋口さんはウーロン茶の入ったグラスを揺らしていた。
「野々宮さんのいうとおり、こればっかりはどうにもならないし、私たちは話を聞いてあげることくらいしかできないけど……でも、ひとつ、引っかかるのよね」
グラスの中の氷がカラカラと音を立てる。
「……なんですか?」
「平沢さん、ちょっと野々宮さんに固執しすぎじゃない? 世話焼きだって話だし、ご飯作ったりだとかそういうのはまだわかるけど……自立したいって離れた後輩に、わざわざ一緒にいたい仲良くしたいなんて言う?」
思わず黙ると、樋口さんが続ける。
「平沢さんのそれって、ただ本当に仲良くって意味合いだけじゃなくて、今まで通り世話焼きたいってことでしょ? それじゃあ、野々宮さんの、自立したいって意思を潰してるようなもんじゃない」
「それは……」
そうかもしれない……と思い、言葉が止まる。