とっくに恋だった―壁越しの片想い―
深い場所にあった意識が、ゆっくりと浮上し、そして水面下で止まる。
ふわふわと現実と夢の境目を、漂う。
まぶたは重く……そして枕が固かった。
「俺の太腿の感覚が完全に失われている」
「男でしょ。少しくらい我慢しなさいよ。なんのために鍛えてんの。情けない」
「ただ現状報告しただけで文句ひとつ言ってないのに、すげー言われた」
「それにしてもよく寝てるわね。……よほど眠れてなかったのね。最近、ずっと顔色悪かったもの」
誰かの声が聞こえてきて、その会話の内容もわかるのに、まだ身体だけは眠っている。
眠っている……と考えて、そうか、私は今、寝てるのか、と気づく。
でも……寝ているとしても、ここはどこだろう。
私の部屋だとしたら会話が聞こえてくるなんてことありえないし、枕だってもっと柔らかいハズ――。
いくつもの疑問が降りかかってきて、水面を弾く。
ゆっくりとまぶたをあげると、そこには見覚えのない景色が広がっていた。
薄暗い部屋のなかだ。
夜だからだとか、そういうわけじゃなくて、四方を閉鎖された人工的な暗い部屋。
なんとなく、見覚えがある気がするけれど……どこなのだろう、と少し考えたところで、またとろんと眠気が落ちてきて、目を閉じる。
やけに固い枕に眉を寄せながら、体勢を変えようと仰向けになって……そこで初めて枕の正体に気が付いた。
「あ、起きたか? よく眠れてたなー」
「……え。あれ……? まだ、夢……?」
見慣れない天井を見ていた視界を、笑顔の木崎さんにさえぎられ、そんな言葉がもれる。
寝起きで木崎さんを見るなんていうシチュエーションは、どう考えてもありえない。
だからまだ夢かと思いそう呟くと、木崎さんは「大変だったんだからなー」と笑った。