とっくに恋だった―壁越しの片想い―
「居酒屋で野々宮つぶれちゃってさー。つぶれたっていうか、寝たっていうか。
夜、ちゃんと眠れてなかったんだろ? 酒が入ったからか、いろいろ声にできて突っ張ってたもんが抜けたのかわかんないけど、急に寝ちゃって。
本当、コテン、って感じだった」
〝居酒屋〟と言われて、飲んでいたことを思い出す。
それが昨日なのか、今日なのかがわからないでいると、木崎さんが続ける。
「なんか起こすのも可哀想だなーってなって、とりあえずおぶって店出たまではいいけど、寝こけてる状態の野々宮を連れていける場所って限られんじゃん。
ほら、気失わせてどっか連れ込むみたいな事件だとか思われたらマズイし。
で、仕方ないからカラオケ来たの。ここの店長、俺の知り合いだから」
目が覚めたとき、随分閉鎖的な雰囲気だなと思ったけれど……カラオケだったのか。
知っている気がしたのは、そのせいかもしれない。
カラオケの部屋はどこも同じような造りをしているから。
いろいろ説明されたことを頭のなかで整理しながらぼんやりしていると、今度は木崎さんではない声が聞こえてきた。
「ここ、飲んでた場所からは一駅離れてるんだけど、電車に乗ってるあいだも、ここに入ったときも、野々宮さん、一度も起きずに眠ってたわよ。
木崎がおんぶから下ろして寝かしても全然起きないから、少し心配になるほどだったんだから」
ガバッと起き上がると、私の上半身からパサリとなにかが落ちる。
それが木崎さんのスーツだってことを確認してから顔を上げると、テーブルを挟んだ向こう側のソファーに、樋口さんの姿があった。
アイスコーヒーだろうか。
グラスのなかに入ったこげ茶と黒の間くらいの色をしたソフトドリンクを飲んだ樋口さんが、まだ状況が把握しきれない私を見て「よく眠れた?」と微笑む。