とっくに恋だった―壁越しの片想い―
コンビニで、サンドイッチやら野菜ジュースやらを買って出たところで、もう一度、もうここで大丈夫だと言ってみたけれど、結果は駅でのものと一緒だった。
どうしてもアパートまでついてくる、というふたりにはもう諦めて、好意に甘えることにする。
今度、〝野々宮さんを吐かせる会〟とやらが実行されたら、そのときご馳走するなりして少しずつお礼していけばいい。
そう、心のなかで決めながらアパートまでの道を歩いていたとき。
「あ。平沢さんだ」
木崎さんが突然そんなことを言い出した。
バッと視線をあげれば、そこには確かに、アパートの外階段を下りてくる平沢さんの姿があって……。
びくっと、身体も気持ちもすくんでしまう。
樋口さんは興奮した様子で「えっ、あれが?! 想像以上なんだけど。見た目もいい男じゃない!」と小声で叫ぶという器用なことをこなす。
たんたん、と少し急いでいるようにも見える足取りで階段を下りた平沢さんは、周りを見渡す仕草を見せ、そして視線を私たちに止めた。
黒いTシャツに、グレイの厚手のパーカー。ジーンズ。
いつも通りの部屋着だ。
こんな朝に、なんで……とも思ったけれど、シフト勤務の平沢さんからすれば、こういう時間帯に動いていてもおかしくはない。
夜勤明けだとか、そんなことかもしれないし。
私服でおりてきたところを見ると、コンビニでも行くだとか、そんなところだろうか。
平沢さんとの対面に、ドキドキと速度を上げた胸の前で、手をぎゅっとにぎりしめた。
平沢さんは、驚いたような表情をしたあと、それをわずかにしかめ、そしてこちらに向かって歩き出す。
踏みしめるように、ゆっくりと。
どんどん近づく距離に緊張したけれど、落ち着かせるように背中に触れている樋口さんの手が、動揺を抑えてくれていた。