とっくに恋だった―壁越しの片想い―
ぐっと、それぞれ下したままの両手を握りしめ、視線を伏せる。
平沢さんの、ツラそうに歪んだ顔が勝手に頭に浮かんで苦しくなった。
けれど、それでも奥歯を食いしばって我慢した。
もう、迷惑かけないって、決めたんだから。
平沢さんは、鳥山さんとうまくいってるんだから……私は、離れるべきだ。
しん、とした沈黙がしばらく流れたあと。
それを、木崎さんの「あの……」という、焦ったような声が破った。
きっと、困らせてしまっている。
木崎さんも樋口さんも、どう出ればいいのかわからずにいることに気付き、顔をあげた。
そして、もう帰って大丈夫だからと伝えようとすると同時に、木崎さんが話し出す。
「朝まで連れ回しちゃってすみません。ちょっと三人で飲んでたら終電逃して、そのままカラオケ行ってたんです」
今までの経緯をざっくりと説明する木崎さんに、平沢さんは少し黙ったあと、「そうだったんですか」と答える。
少し元気がないような、そんな声に聞こえた。
いつでも言葉の隅に混ざっているような、楽しさのかけらも見当たらない。
「しっかし、野々宮って一度寝るとぐっすりタイプなんですね。
おぶってカラオケに移動しても全然起きないから、ちょっと心配になるほどでした」
驚いた様子でなにも言わない平沢さんに、木崎さんは笑いながら言う。
「カラオケ行ったあとは、ずっと俺の膝枕で寝てたんですけど……野々宮って寝顔あどけないんですね。
いつものツンツンした感じがなくて、本当、こどもみたいで――」
木崎さんがそこまで言ったとき。
平沢さんがそれを遮った。
「え……あの、もしかして……華乃ちゃんの恋人って……こちらの、先輩?」