とっくに恋だった―壁越しの片想い―
木崎さんではなく、私を見ながら聞かれて、すぐに答えられなかった。
木崎さんは恋人じゃないし、そもそも恋人がいるなんてただの嘘だ。
でも、今さら嘘なんて言えないし……だったらとりあえず、木崎さんじゃないってことだけ伝えないと。
そう思い口を開くまでは、そんなに時間はかからなかったのに。
その、僅かな沈黙を肯定ととらえたのか。
平沢さんが「なんだ、そっか」と力ない感じで笑う。
まるで、傷ついても見える笑みになにも言えなくなっていると、平沢さんは木崎さんに視線を移した。
そして、真面目な顔をして「木崎さん、ですよね。いつくかお願いしたことがあるんですが」と言った。
いつも聞くような軽いトーンでも、今までの元気のないトーンでもなく、しっかりとした真剣な声だった。
大事な大事な取引先との話で使うような、そんな声で言う。
「華乃ちゃん、放っておくとすぐに食べることを面倒くさがるんです。だから、飯の面倒見てやってください」
話しだされた言葉に、驚く。
そんな真面目な顔して、なにを言い出すんだと。
「それと、口調は少しキツイし、強がってるけど、案外メンタルは弱い……っていうより、うまく弱音を吐き出せなくて、不安に埋まりやすいんです。
本人は認めないと思いますけど、寂しがり屋だし。
だから……そのへんも、面倒かもしれませんが構ってやってください。優しくしてやって欲しいんです。いい子だから」
最後、「お願いします」と頭を下げた平沢さんに……キュッと唇をかんだ。
「なに、それ……」と、誰にも聞こえないような小ささの独り言がもれる。