とっくに恋だった―壁越しの片想い―
なにそれ。なにそれ。
なんで、平沢さんが私のことをお願いするために、そんな風に頭をさげるの?
なんで……なんで、ずっとひどい態度しかとってこなかった私のことなんか心配して、探そうとしてるの。
なんで、そんな必死に私のこと――。
ぐっと奥歯を食いしばり俯いていると、「勝手なこと言ってすみません。でも、お願いします」と再度言った平沢さんが、背中を向けてアパートに戻って行くのが気配でわかった。
小さくなっていく足音を聞いていると、木崎さんが横から顔を覗き込んでくる。
心配そうに歪んだ瞳がおどおどしている。
「なんか、お願いされちゃったんだけど、否定しなくてよかったのか?」
否定……したほうがよかったのだろうか。
でも、恋人がいるっていう嘘は突き通したほうが、平沢さんだって構ってこないだろうし。
だったら別に、相手は誰だと思われてても問題ないし……。
冷静に考えようとするのに、さっきの平沢さんの表情や声が邪魔をして、混乱した思考回路が元に戻らない。
今まで散らかりに散らかった頭や気持ちのなかを、ようやく片付け始めて新しくスタートを切ろうとしていたのに、これじゃあ振り出しだ、とか。
時間をかけてここまで片付けた気持ちを、こうも一瞬で崩すとか、私はやっぱり平沢さんが好きなんだな、とか。
いろんなことが頭に浮かんでは消えていく。
俯いたまま、平沢さんが外階段を上がっていく音をぼんやりと聞いていると、木崎さんがもう我慢ならない、とばかりに「あー、もう、こういうのじれったい!」と頭をガシガシとかく。
見れば、眉を寄せた木崎さんが私を見ていた。