とっくに恋だった―壁越しの片想い―


「わかんないけどさ、このままじゃダメだろ? だって野々宮、逃げてるだけじゃん。言いたいこととかあるんじゃねーの?」

「言いたいこと……?」と呟くと、樋口さんが言う。

「うん。伝えたいことがあるなら、伝えないと。そうじゃないと、きっとずっとそこに縛られたままになって、余計にツラいわよ」
「でも……だって、平沢さんには彼女だっているし……」

「なにも告白しなさいって言ってるんじゃないわよ。平沢さんには彼女がいるらしいけど、それでも野々宮さんのこと、あんなに心配して思ってくれてるのは事実じゃない。
平沢さんの優しさを、あんな風にただ黙って終わりにしちゃっていいの?」

ふたりの、優しくて真っ直ぐな瞳に問われて、戸惑う。

伝えたいことなんて、わからない。
なにを言えばいいのかなんて、わからない。

それでも……木崎さんや樋口さんに言われたことに思い当たることがあるのか。
確かに背中を押され、ゆっくりと足は進んでいた。

ゆっくり歩き始めた足はどんどん速くなり、走り出す。

うしろでは木崎さんが「野々宮、月曜日、会社でな!」と叫んでいるのが聞こえたけれど、振り向かなかった。

ただ真っ直ぐ……平沢さんだけを追いかけて。



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