とっくに恋だった―壁越しの片想い―
「平沢さん……っ」
そう呼んだのは、平沢さんが玄関を開けたときだった。
ギリギリで追いついた私を、平沢さんは驚いた顔をして見た。
アパートの通路。
何度も行き来した、平沢さんの部屋と私の部屋の間の、短い通路。
朝からこんな走ったせいで、体調不良も手伝ってか息が異常なくらい切れていた。
「華乃ちゃん……どうしたの?」
平沢さんが、わずかに微笑みながら聞く。
まだ整わない呼吸を繰り返す。
はぁ、はぁ、と吐く息は熱く、逆に吸い込む空気は冷たい。
心臓が落ち着くのなんて待てずに、肩で息をしながらゆっくりと口を開いた。
「鳥山さんに、会わせてください……今すぐ!」
しっかりとした声で言った私に、平沢さんはまた驚いた顔をして……それから、困り顔で笑う。
「え……いや、無理だよ。今まだ七時前だし、だいいち……」
「無理かどうかなんて聞いてません。黙って今すぐ電話して」
「俺、先輩……」
命令口調で言うと、平沢さんは怒るわけでもなく、苦笑いを浮かべて言う。
それから、私の様子がおかしいと思ったのか「どうしたの。なにかあった?」と聞きながら、私と向き合った。
真っ直ぐにぶつかった視線。
優しく微笑む瞳をじっと見つめると、じわじわと胸の奥やら目の奥やらが熱くなり、やっぱり好きだなぁなんてことを痛感する。
私はやっぱり、この人が好きだ。……好きだ。
「私も……平沢さんのこと、お願い、したいから」
途切れ途切れになりながらも言うと、平沢さんは「お願いって?」と不思議そうな顔をした。