とっくに恋だった―壁越しの片想い―
「……嘘」
思わず声でもらすと、平沢さんが困ったように微笑み、それから「別れようって言ったとき、言われた」と話し出す。
「最初から代えのきかないものなら、嫌われるのが怖くても、なにがなんでも手離すなって。
そんなに大事なら、後輩だなんていって囲ってないで、潔くぶつかれって。……本当に、その通りだと思った」
口元には笑みを浮かべたまま、平沢さんは目元をしかめる。
「部屋にいるとき、どうしても手出す気にならなかったんだよ。
いつもは華乃ちゃんがいる場所に彼女がいることに、違和感しか感じなかった。
華乃ちゃんと過ごした部屋に……彼女がいるってとこにすら、なんかアレ?って感じだった」
どうしてもしっくりこなかった、と、独り言みたいに言われる。
「華乃ちゃんが俺の部屋来るようになってからは、初めての彼女だったんだけどさ。
部屋にいると、どうしても比べちゃうんだよ。華乃ちゃんと彼女を。
で……そん時の雰囲気とか、華乃ちゃんに惹かれる気持ちだとか……俺のなかでの、存在の大きさだとか。
そういうモノのでかさが、圧倒的に彼女とは違っててビビった」
ははっと平沢さんは笑ったけれど……笑えなかった。
平沢さんが説明してくれることが、嬉しくて……本当だったらいいなって思って、期待に胸が膨らみすぎて痛い。
フライングをきった涙がまた一筋こぼれ落ちるのを見た平沢さんが、それを拭ってくれる。
冬の朝は寒い。
それなのにあたたかいままの指先が、優しく目尻から頬を撫でた。
「それに……彼女がいるなら彼女を大事にしろって華乃ちゃんに言われたときも、ああ、そうだよなって思いながらも、なんか引っかかってさ。
彼女とかいると、華乃ちゃんのこと心配したり、お互いの部屋行き来したり……今まで普通にしてたことできなくなるのかーって考えたら……なんか、天秤にかけるまでもなく、そんなの嫌だった」
涙をぬぐった指先が、戸惑うように私の頬を優しく包む。
あたたかさの魅力に耐え切れずに思わず少しすり寄ると、平沢さんは、困ったような情けないような……なにかに、耐えるような、そんな微笑みを浮かべ私を見た。