とっくに恋だった―壁越しの片想い―
「こんな風に華乃ちゃんに触ることを許されてるのは、俺だけだって思ってた。
だから、いつだったか、木崎さんに頭撫でられてる華乃ちゃん見て……正直、すげーショックだった。イライラして、あー、これってそういうことかーって自覚した」
〝ウグイス定期〟の期間が無事終了したっていうお祝いの飲み会のあと、木崎さんにアパートまで送ってもらったことを思い出す。
「あのとき、思った。当たり前みたいに華乃ちゃんの隣に立つのは俺、自分じゃなきゃ嫌だったんだって。
今まで散々、後輩だとか妹みたいなもんだとか言ってきたのに……本当、どの口が言ってたんだって思った」
そう言い、平沢さんは黙ったまま私をじっと見つめた。
今までとは違う、真剣な男の人の顔をした平沢さんは、目を合わせたままゆっくりと口を開いた。
「とっくに、恋愛だった」
言われた言葉に、思わず声を呑む。
じわじわと、まるで染み込むように広がった実感に、涙が押し出され、喉がヒ……ッと小さく泣く。
「華乃ちゃんは……?」と聞かれても、言葉が声になろうとしなくて、泣き声だけがもれる。
それでも「木崎さんは、ただの、先輩です……」と告げると、平沢さんは驚き、わずかに瞳を大きくした。
「嘘ついただけで……誰とも、付き合ってません……」
ポロポロと落ちる涙が、頬を包んだままの平沢さんの手の甲にまで流れる。
それを、上からギュッと握りしめると、平沢さんは少し驚いたような顔をしてから、柔らかく微笑んだ。
「……うん。そっか」
「嘘、ついて、ごめんなさい……」と謝ろうとした声を、平沢さんの「よかった」という、安堵のため息のような声に遮られる。
その声にまじったあたたかさに、また涙を溢れさせていると。
「俺のこと、恋愛としては好きじゃない?」
さっき、答えられなかった問いかけを再びされた。
さきほどの声とは違い、不安の少し混ざる声だった。