とっくに恋だった―壁越しの片想い―
バッと離れた私にたいして、平沢さんはまだ私の両肩を掴んだままでいるから、それも払い落とす。
「痛い痛い」と、ちっとも痛そうじゃなく笑いながら抗議されたけど、無視する。
うしろをチラッと見ると、二階、一番手前の部屋の人が出てきたところだったから、軽く会釈をして挨拶をした。
外から鍵をかけ、外階段を下りていった様子を見て、ホッと胸を撫で下ろしていると、私の持っているビニール袋に気付いた平沢さんが「それ、朝飯?」と聞く。
さっき、キスしていた余韻というか……なんだか甘い空気が残っていて、恥ずかしさを隠すように髪を整えてみる。
落ち着け、と自分に言い聞かす。
「そうです」と頷くと、なぜか見る見るうちに平沢さんは不満そうに眉をしかめて私を見た。
「華乃ちゃん、ちゃんと食べてないだろ」
「……食べてますよ」
「じゃあ、冷蔵庫見せて」
「……私も、今までの不摂生を反省して、これからきちんとしていこうと思っていたところなんです。なので、冷蔵庫まではまだ手が回ってません」
平沢さんは、はーっ、と大きなため息を落としたあと、私を見る。
「やっぱ、俺いないとダメじゃん」
呆れたように笑われ、私もふっと笑みをこぼす。
「そうっぽいです。なのに誰かさんが彼女とかつくるから」
「え、俺のせい?」
「知りません」
「んー、まぁいいや。どっちでも」と髪をガシガシとかいた平沢さんが、私の手からビニール袋をとる。
「とりあえず、朝飯作るから華乃ちゃんもおいで。眠れてないとか言ってたし、俺が作ってる間、寝てていいから」
玄関を開けながら言う平沢さんに「え、でも……」と渋ると、「遠慮するような仲じゃないだろ」と笑われてしまい……それもそうかと頷いた。
平沢さんに続いて部屋に入る。