とっくに恋だった―壁越しの片想い―
「二ヶ月、足踏み状態って……野々宮さん側の事情でってことじゃないの?」
「え? ああ、私が嫌がってると思ったんですか?」
「普通、そう思うでしょ!」
声のボリュームを上げた樋口さんに、「違います」と言いながら、ホットの紅茶にミルクを入れ、スプーンでかきまぜる。
「緊張して固くなってはいるかもしれないですけど、拒否してるつもりはないです。足踏みしてるのは、平沢さんのほうです」
そう。いつだって私はいいと思っている。
慣れないせいで挙動不審になってはいても、嫌がったりはしていない。
むしろ、関係を進めたいと思ってる。
コンプレックスでもある小さい胸をさらす覚悟を決めるほどに。
「野々宮さんって、意外と肉食系……?」
視線をあげると、信じられないとでもいいたそうな顔をした樋口さんと目が合う。
「いえ、肉食ってわけでは……」
「そうよね。絶対にそうよね。むしろ淡泊なほうだもんね」
私の否定を、待ってましたと言わんばかりに受け入れた樋口さんが、ひとりで繰り返す。
それから「でも、じゃあなんでそんなに関係を急いでるの?」と、首を傾げた。
席の間にある、間仕切りの向こうからは、ぼそぼそと話し声が聞こえてくる。
飲み会のように、眉をひそめたくなるような声ではなく、節度を意識した話し声が混ざるこの空間は、話しやすさを感じた。
「今までの彼女とは当たり前にしてきたことをされないのが、不服というか」
ぼそぼそと本音を言う。
「私が一番平沢さんのことを知っていたい……っていうか。それに、平沢さんだってそういう空気は出すからしたくないわけじゃないとは思いますし、だったら応えたいし」
そこまで言うと、樋口さんが笑い出す。
なにかと思い顔を上げると、樋口さんはおかしそうに笑いながら「野々宮さんって、案外、男前なのね」と言った。