とっくに恋だった―壁越しの片想い―
「でも、初めてなんて、普通怖いものじゃないの? 私は正直怖くて仕方なかったけど」
「怖いは怖いですけど……どうせ痛いなら、先に延ばしたところで痛いし、そこはいいかなって」
相手は他の誰でもない平沢さんなんだから。……と、そこは言わずに口をつぐむと、樋口さんは一拍空けたあとで、ふふっと笑みをこぼした。
「なんですか?」
「ううん。一時期の青白い顔が嘘みたいだなって。悩みはあるんだろうけど、今のほうがよっぽどいいわよ。健康的で……恋する乙女って感じ」
わずかに微笑みながら言われ、気恥ずかしさから眉を寄せる。
「……からかってますか?」
「褒めてるのよ。でも、野々宮さんが関係を進めたいなら、平沢さんに乗っかっちゃえばいい話だったのに」
「それは……初心者にはハードルが高いかと。それに……それだと解決しない問題があって」
中途半端な答えを口にした私を、樋口さんが不思議そうに見る。
「解決しない問題って?」と聞かれ、目を伏せながら口を開いた。
「私の気持ち的にはもう決まってるのに踏み出せないでいるのは……平沢さんの、自分の気持ちを後回しにする性格にあるんです」
『そっか。なら仕方ないか』
不意に、平沢さんの声が頭に浮かぶ。
『職場の先輩と遊ぶのもいいけどさ、たまには俺ともデートしような』
私が何度断っても、いつもそうやってなんでもないみたいに笑う、平沢さんの顔が――。
……そうだ。そうなんだ。
「性格ってどういう意味?」と聞く樋口さんに説明する。