とっくに恋だった―壁越しの片想い―


「たぶん私、贅沢なんです。甘えるとかわがままとか、平沢さんが他のひとには見せない部分全部を独り占めしたいんだと思います」

言葉にしてから、そうだったのかと腑に落ちる。
いつもすんなりと引き下がる平沢さんを見る度に、わずかに感じていたひっかかり。

それがなんだったのかがわかって、胸につかえていたものが、静かに溶けていく。

「野々宮さんって、淡泊に見えるけど、案外独占欲強いのね」

ふふっと笑いながら樋口さんが言う。

独占欲。
そんなこと初めて言われたけれど……でも、そうなのかもしれない。

これがそうなのか、と感慨深く思いながら、ぺたんこの胸の前で手をぎゅっと握った。

私に甘えてほしい。わがままを言ってほしい。
そう思ってるだけじゃダメなんだ。

言葉で伝えなければなにも届かない。変わらない。
あれだけすれ違って後悔したくせに、また同じ迷路に入り込みそうになっている自分に呆れてしまう。

性格上、素直になるのが苦手だから、なんて言い訳だ。

関係を進めたいうんぬんだけじゃなくて、もっと違うことでも遠慮してほしくないんだと伝えよう。

私はなんでも言ってほしいんだって。
平沢さんのことなら知りたいんだって。

「とりあえず、勇気を出して伝えて……乗っかって大事に触ってみます」

ひとり静かに意気込んでいたからか、樋口さんはおかしそうに笑ってから「でも、主導権は平沢さんに預けたほうがスムーズにいくと思うわよ」と言った。


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