とっくに恋だった―壁越しの片想い―
アパートに戻ったのは16時を回った頃だった。
帰る時間をメッセージアプリで伝えると、平沢さんは『じゃあ、華乃ちゃんが帰ってきたら一緒に夕飯の買い出しに行こうか』と返事をくれたので、自分の部屋を素通りして平沢さんの部屋のインターホンを押す。
オレンジ色に染まる空を眺めていると、中から足音が近づいてきて鍵、ドアの順番で開けられた。
「合鍵、渡してあるんだから使ってくれていいのに」
平沢さんが、私を確認するなり柔らかい笑みで言う
「急な用事があればそうしますけど。平沢さんが部屋にいるのに、勝手に鍵を開けて入っていくのは気が引けますから」
「まぁ、華乃ちゃんらしいけど」
ははっと笑う平沢さんに続いて部屋に入る。
「ごめん。家にあった材料でシチュー作ってたんだけど、会社から入った電話の対応が長引いて、まだ途中なんだ。買い物に出るの、もう少しあとでもいい?」
「はい。でも、仕事の方は大丈夫ですか?」
平沢さんの仕事は専門的なことも多い。
だから、職場で機材トラブルなんかがあると平沢さんに電話がかかってくることも度々あって、電話で解決しないときには夜中だろうが時間関係なく呼び出されたりもする。
今回は大丈夫だったんだろうか……と思い聞くと、「ああ。電話で済んだから」と笑顔を返されてホッとした。
「もう煮てるところだから。あと十五分もしたらルー入れて完成」
テーブルの前に座っている私に、平沢さんが紅茶を出してくれる。
それにお礼を告げてから、よし……とひとり気合を入れた。
自分の性格上、こういう勇気がいることを後回しにしたら怖気づいてダラダラ先延ばしにしてしまうことはわかっていた。
言うなら、樋口さんに勢いをもらった今しかない。