とっくに恋だった―壁越しの片想い―
「俺は、どこにでもいるただの男だから。幻滅されて、嫌われるのが怖かった」
微笑んだ目の上で、形のいい眉が情けなく下がっていた。
その顔にどうしょうもなく胸が締め付けられてしまい……ブンブンと勢いよく首を横に振った。
平沢さんのせいじゃない。
平沢さんは悪くない。
「私のほうこそごめんなさい。……窮屈でしたよね」
〝平沢さんなら〟
〝平沢さんだから〟
そんな期待の籠ったまなざしを常に受けているのは苦しかったに決まっている。
だから申し訳なくなって謝ると、今度は平沢さんが首を振る。
「いや、俺がまだガキっぽいってだけだから」
「それを言うなら私のほうです」
ハッキリと言い切ってから続けた。
「私はまだいろいろ頼りないから平沢さんにそんなこと思わせちゃうんでしょうけど、でも全然違います。平沢さんが私だけに見せるような情けないところとかわがままなところも……〝ガキっぽい〟ところも。もっと知りたいって思ってます。全部、欲しい」
全部全部、見せて欲しい。
がっかりなんてしないから。
「その……こんなに好きになったのは初めてだから。幻滅なんてしません。どんなものでも平沢さんの一部なら、受け入れて大事にしたい……って思って、ます……し」
きっと平沢さんの目には、不貞腐れた顔に映っただろう。
本当の気持ちをそのまま素直に言葉にして伝えるという行為は、私にはやっぱり難しすぎた。
それでもなんとか声にはしてみたけれど、表情まではうまくできなかった。
気恥ずかしさから、平沢さんの胸に顔を押し付けると、ややしてから「華乃ちゃん、男前」とポツリともれたような声が聞こえた。