とっくに恋だった―壁越しの片想い―

「華乃……可愛い」

そう、うわ言のように何度ももらす平沢さんに身体中あますことなく手でも唇でも触れられて、あまりの羞恥にどうにかなるかと思ったほどだ。

……もっとも、どうにかなると思ったのは、恥ずかしさだけではなかったけれど。

いつ、コンロが止まったのか、いつ日が暮れたのかわからないほどに、平沢さんにただ夢中になってしまっていた。

「ここも、ここも全部かわいい」

胸にキスされながら言われたときには、喧嘩を売られているのかと我に返ったけれど、本当に愛しさを溢れさせる眼差しを前にすれば、いつもの可愛げのない言葉も出てこない。

私はまだまだこどもで、包容力も寛大さもない。ついでに素直さもない。

でも、肌を合わせていればお互いに甘えられている気がして、それが嬉しかった。


「あー、じゃがいもが完全に溶けた」

大きめのお鍋を覗いた平沢さんが苦笑いで言う。
結局、買い物に出るのはやめて、家にあるもので済ませることになった。

「あれだけ放置してれば当然か。ポタージュにするには水が多すぎるしどうするかな」
「予定どおりシチューで大丈夫ですよ」
「じゃあそうするか。ちょっとドロドロするかもだけど」

ルーを投入する平沢さんの髪から、ぽたりと水滴が落ちる。

散々この部屋に入り浸っているけれど、シャワー直後の平沢さんを見たことはほとんどない。

だからっていうわけでもないけれど、濡れた髪をそのままにキッチンに立つ姿に視線を向けずにはいられなかった。

色気が漂っているように見えるのは、今までしていた行為の余韻のせいだろうか。

ドキドキと浮足立った音を立てる胸に、はしゃぎすぎだと眉をひそめながらお皿を準備する。

やたらと意識してしまう自分が恥ずかしい。


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