とっくに恋だった―壁越しの片想い―
……あ。あの人。
仕事帰りにスーパーに寄り、食材の入った重たいビニール袋をぶら下げて上りきった、アパートの階段。
廊下の先に視線を移すと、平沢さんの部屋の玄関が閉まるところだった。
パタンという音を背中にこちらに歩いてくる女の人に軽く会釈をしてすれ違う。
カツカツというヒールの音と、すれ違ったときに感じ取った香水には覚えがあった。
確か、先月あたりも一度こうしてすれ違った人だ。
その時は階段でだったから、どの部屋を訪ねていたのかはわからなかったけど……平沢さんの部屋だったのかと少し驚く。
私が引っ越してきてから半年、女っ気なんて全然なかったから。
もともとモテる人だし、今も現在進行形でそうだろうっていうのは姿形や雰囲気からわかっていたし、女の人の影がないのを、ずっと不思議に思ってもいた。
だから、驚くと同時に、腑に落ちる。
綺麗な人だったし、あの人が彼女さんなんだろうって。
ひとり暮らしなのに、あまり部屋に呼んだりしないのかなと思いながら玄関の鍵を開けていると、隣の部屋のドアがガチャリと開く。
そこからひょこっと顔を出した平沢さんが、私を見るなり、柔らかく笑った。
「おかえり、華乃ちゃん」
「ただいまです」
「随分買い込んできたなー」
「菓子パンってかさむんですよね」
「ええー……華乃ちゃん、俺がこんだけ口うるさく言ってんのに、まだ主食菓子パンなんて言ってんの?」
納得いかなそうに眉を寄せられて、しまった……と内心思う。
この人の前で手抜き食事の話はNGだった。