とっくに恋だった―壁越しの片想い―
「私のこと、甘やかしてくれる隣人がいるんです。お節介ばっかり焼いてきて……本当に、うっとうしいくらいだったんですけど。
私がいくら言ってもめげずに強引にいつもいつも手を貸してきて……」
こんな風に、飲み会があった日は、〝遅いけど、どうした?〟なんて、いつも連絡をくれたことを思い出し、眉を寄せ笑う。
「でもその人の手を借りたままじゃ、自立できないから離れたんです。それが二週間前だから……落ち込んでたのは多分、ただのホームシックですね」
ひとり暮らしを始めた翌日から執拗に関わってきたから、本当のひとり暮らしは二週間前に始まったようなものだ。
そう話すと、木崎さんは「ああ、なるほどね」と、少し驚いた様子で言ったあと、ふっと笑った。
「野々宮、やっぱり普通の女の子だなー」
大きな手が頭をわしゃわしゃと撫でる。
その、どこか懐かしくて……でも、思い出とは違う手に。なんでだか胸が詰まった。
あの手に、もう二週間以上触れていないのかと思って。
「来週から、新しい定期預金が出るし、少しの間忙しくなるからそれまでに元気出せよな!
ホームシックって言うんなら、寂しくなったら部屋行ってやるからさ。樋口とか連れて」
頭を撫でまわしながら笑いかけられて「そうですね」と笑顔を返すと、木崎さんが「だったら」と言う。
「ちゃんと食べろよなー。野々宮、全然食べてねーじゃん」
指摘されたのは、私の取り皿だ。
最初に取り分けた、サラダやからあげが乗っかったままのそれは、一時間以上前から形を変えていない。
なんとなく、食欲がなくて。