とっくに恋だった―壁越しの片想い―
さっき追い越した、立ち止まっていた男の人が、歩き出し、後ろをついてきている。
つけられてる……わけでは、きっとないんだろう。
ただ、後ろを同じペースで歩いているってだけだ。
立ち止まっていたのだって、メールかなにかをしていて、それが終わったから歩き出したってだけだろう。
……そうは思うものの。
一度気になりだしてしまうと気になってしまうもので、後ろの足音にばかり意識が集中してしまう。
ここはまだ大通りだから、時間的に人通りが少ないとはいえ、たくさんの人が使う道だ。
だから、たまたま同じ道を同じ時間に同じペースで歩く人がいたって、ちっともおかしくないのに……ドクドクと嫌なリズムで刻みだした心臓から、不安や恐怖が溢れてくる。
その間も、後ろの人は同じペースで私の数メートルうしろを歩いていた。
離れることも近づくこともない。
とりあえず、大通りにいるうちはいい。人目もあるから。
だけど、アパートは大通りより奥に入ったところにあるから、これから細い路地も歩かなきゃならない。
もしも、そこまでついてこられたら……例え、たまたま帰り道が同じだったとしても、嫌かもしれない。
大通りから細い路地に入って、そこからアパートまでは歩いて三分ほど。走って一分と少し。
靴はスニーカーだし、走れる……うん。いける。
そう判断し、もう目と鼻の先に迫った路地への曲がり角を見て、ふぅ……と息をついた。
そして、曲がると同時にぐっと踵に力を入れ走り始める。
うしろの人がただ単に同じ帰り道だっていうだけなら馬鹿げたことをしている。
でも、嫌な感じがしてしまったのだから仕方ない。
用心するに越したことはないハズだ。