とっくに恋だった―壁越しの片想い―
走るのに必死で、後ろの人がどうしたかまでは音として聞き取れなかった。
でも、少なくとも追い迫っているだとかそんなことはなさそうで、走りながら胸を撫で下ろす。
そして、そのままダッシュしてアパートにつき、階段を走り上がり通路に出る。
曲がったところで……ドン、と誰かにぶつかり、弾みで尻もちをついてしまった。
結構な勢いでぶつかったせいで、いくらお尻とはいえ、結構な衝撃で「いた……っ」と、自然と声がもれていた。
「あ……すみません……」
痛くても、走るのに必死すぎて気づかなかったこっちの責任だ。
だから、座り込んだまま謝り顔をあげると……驚いた顔をする平沢さんと目が合った。
「華乃ちゃん……」と小さく呟くように言われ、その声に懐かしさを感じる。
急に止まったせいで、ドキドキと胸がうるさいほどに鳴っていた。
その音に、そういえばと後ろを歩いていた人のことを思い出し、尻もちをついたままの状態でそっと階段下に視線を移してみたけれど……。
人影は見つけられず、ホッと胸を撫で下ろした。
「なんか、すげー久しぶり……元気だった?」
聞かれて視線を移すと、どう形容すればいいのかわからない顔して笑う平沢さんがこちらを見ていた。
笑っているのに、困っているような、悲しんでいるような……そんな顔に見えた。
暗い空の下、アパートの通路につけられた明かりが優しく照らす。
「……はい」
「会ってないの、二週間だけなのにな。それだけでなんか、すげー懐かしい感じする」
そう言って笑った平沢さんが、なにかを思い出したようにハッとし、「それより」と表情から笑みを消して私を見た。