とっくに恋だった―壁越しの片想い―
平沢さんが差し伸べてくれた手に、わずかにためらいながら手を重ねた。
大きな手、私よりもわずかに高い体温に、自然と息が抜けるのがわかった。
安堵、という感じだろうか。
強張っていた身体から余計なものが抜けていく。
「そんな急いでどうした? 息上がってるし、走ってきたんだろ? 結構勢いよくぶつかってきたから、イノシシでも出たのかと思った」
「……イノシシ年ですから」
奇しくも……といった感じで言うと、平沢さんは、ははっとおかしそうに笑う。
その顔がなんだかとても懐かしく思えて……じんわりと胸の奥が熱を持つのを感じた。
「よっ」と勢いをつけて、手に力を入れた平沢さんがぐいっと私を起こしてくれる。
「痛かったろ、大丈夫か?」
「はい」
「で、どうしたの? そんな急いで」
「あ……多分、私の気にしすぎなんですけど、駅からずっと後ろを誰か歩いてて、それで――」
きちんと立ち上がり、視線を移したとき……平沢さんの少しうしろにいる人影に気付いた。
――鳥山さんだ。
鳥山さんがただじっとこちらを見ていて、それを平沢さんごしに気付いて……言葉を止める。
「あ……いえ。なんでもないです」
「でも、つけられたかもしれないんだろ? ただの勘違いならそれでいいけど、もし違った場合、危な……」
「いえ。本当に私のただの勘違いですから。暗いし……お酒も入ってるので、きっと気のせいです。
今日、職場の飲み会だったんですけど、ちょっと飲みすぎちゃったので」
心配を顔全部に浮かべた平沢さんに、笑顔を作って続ける。