とっくに恋だった―壁越しの片想い―
「お騒がせしちゃってすみませんでした。これから鳥山さんとお部屋デートなんでしょ?
だったら私のことなんか気にしないでください」
それだけ言っても、なお「でも」と粘る平沢さんを、「本当に大丈夫ですから」と、強引に方向転換させて背中を押した。
ぐいぐいと押して歩かせると、「ちょ、華乃ちゃん」と非難の声が聞こえてきたけれど、そんなのお構いなしにぐいぐいする。
とりあえず、私の部屋を通りすぎたところまで押し、そこで手を離す。
それと同時に、鞄から鍵を素早く取り出した。
そして、すぐさま自分の部屋の鍵を開け「おやすみなさい」と笑顔を向ける。
玄関を閉める瞬間に聞こえた「華乃ちゃんっ」と呼び止める声を無視してバタンとドアを閉めた。
通路側の小さな窓からわずかな明かりがもれてくるだけの、暗い部屋。
冷蔵庫のモーター音だけが聞こえる、静かな部屋。
明かりをつけることも、靴を脱ぐこともしないまま、ドアに背中を預け……そのままズルズルとしゃがみこんだ。
両手を目の前に持ってくると、暗闇の中、震えているのが見えた。
まだ手に残っている、平沢さんの熱や感触に、そのまま動けなくなってしまった。
込み上げてくる感情に戸惑い、ひとしきりそうしたあと、はぁ……と震える息を吐き、両手で顔をおおった。
……なんで、気付かなかったんだろう。