とっくに恋だった―壁越しの片想い―
「誰……?」
スーツを着た男の人の見た目は、至って普通だ。
髪も顔立ちも体型も、そこらへんにいる普通のサラリーマンに見える。
仕事で関わった人だろうか……とも頭を巡らせてみたけれど。
冷静さを失った思考回路では答えが見つけられず、問い掛けた。
声が思いのほか震えていて、自分でも驚く。
男の人は、私の問いにツラそうな笑みを浮かべて答えた。
「誰って……ひどいな。三ヶ月くらい前に、キミに告白したのに」
「え……」
「電車で見かけるたびに、可愛いなって思ってずっと見てたって……駅前で呼び止めて告白したじゃないか……。本当に覚えてないの?」
三ヶ月前……?と記憶を辿り、ようやく思い出す。
確かに、告白された。
顔は覚えていないけど……でも、確かに。
「あ……あのときの……」と声をもらすと、男の人は「覚えていてくれたんだね」とわずかに笑う。
そして笑みを浮かべたまま言う。
「じゃあ、あのとき、キミはなんて言って断った?」
じりじりじりじり。
後ろへと後ずさりしながらの会話。
私の部屋までは、あと二メートルほどだった。
アパートの壁についている明かりが、頼りなく通路を照らす。