とっくに恋だった―壁越しの片想い―


「なんてって……恋愛に興味がない、ですか?」

あのときのことを思い出したわけじゃない。

でも、告白されたときに私が使う断り文句なんて決まっている。

だからそれを言うと、男の人は「そうだよ」と薄く笑い……そして、突然怒りを露わにする。

「それなのにキミはっ、隣の部屋の男となにしてる……?! 毎日のように互いの部屋を行き来して……なにしてるんだっ」

急に怒鳴られビクッと肩がすくんだ。

さっきまでの気持ち悪いほど穏やかな笑みを消した男の人は、眉を寄せ、目を吊り上げていた。

歯を食いしばりすぎてなのか、身体が震えているのが見て取れる。

「僕には、恋愛に興味がないって言ったくせに、隣の男とは仲良くして……どうせ、僕のことを馬鹿な男とでも言って笑ってたんだろうっ!」

それは正直、被害妄想が過ぎるだろう……と思ったものの、「そんなことないです」という、ソフトな言い方に変えて口にする。

男の人に怒鳴りつけられるのなんて、そんなに経験がないだけに、大きな声にドッドッと心臓がうるさく鳴っていた。

でも、じょじょに冷静さを取り戻している。

相手が目に見えて興奮状態だと、逆にこちらは落ち着けるものなのかもしれない。

さっきみたいに薄気味悪い笑みを浮かべられているときよりもずっと、冷静に判断できていると思う。

「隣の部屋の人は、高校のころの先輩であって、そういう仲じゃありません」

ハッキリと目を見て言うと、男の人はぴくりと眉を動かしたあと「嘘つくなっ」と声を荒げる。

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