とっくに恋だった―壁越しの片想い―


「嘘じゃありません。だいたい、もしも私にそういう人がいたところで、あなたに責められる理由はないと思いますけど。
あなたに告白されたときは恋愛に興味がなかったとしても、そのあとで変わることだってあるでしょう」

そもそも、冷静に考えてみればこんな風にあとをつけられて責められる意味がわからない。

なにも〝男が嫌い〟だとか〝永遠に誰とも付き合う気はない〟だとか、そんな風に断ったわけではないのだから。

「それに、あなたが今話した内容って、何度もここにきて見張っていないと知ることのできないことですよね?」

私が平沢さんの部屋に入るところを見た、というけれど。

毎日のように、なんて言うってことは、その場面を何度も見たってことだ。

たまたまそのタイミングでこのアパートの前を通りかかったなんてことは考えにくいし、見張っていたっていうのが妥当だろう。

……つまり、ストーカーってことになる。犯罪だ。

じっと疑うようにして見ていると、男の人は表情に焦りを浮かばせたあと、一度俯き……そして、勢いよく近づいてきた。

逃げる暇もなくガッと、力任せに両肩を掴まれて息を呑む。

「わざとじゃないっ! わざとじゃないんだ……っ! でも、キミが隣の部屋のヤツと恋人同士なのかもしれないって思うといても立ってもいられなくて、それで……っ! 
だって仕方ないだろう?! 僕はキミが好きなんだからっ」

だからこの行為は当たり前なんだ、と、まるで責任から逃れるように、言葉を変え言い続ける男の人をただ見ていることしかできない。

焦点が合っているんだか合っていないんだかわからない瞳は、私を通り越してどこか遠くでも見ているように思えた。

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