とっくに恋だった―壁越しの片想い―
「ぼ、僕はなにも……っ」
「なにもしてないわけねぇだろ。肩掴んで迫ってただろーが。だいたい、あんた誰だよ。なんでここにいる?」
「それは……」と言ったまま、なにも答えられなくなった男の人に、平沢さんが詰め寄る。
背中からじゃ見えないけれど、よほど怖い顔つきをしているんだろう。
男の人が小さく「ひっ」と声をもらした。
「答えらんねーの? 簡単なことしか聞いてないのに? もしかして、答えらんねーようなことしてたとか?」
低く刺すような声で聞く平沢さんに、男の人は目を逸らし、目に見えて慌てふためく。
それでも責める姿勢を変えない平沢さんの背中を見ているうちに、ようやく気持ちが落ち着き、はぁ……と息を吐き出した。
「平沢さん」と声をかけると、平沢さんは男の人が逃げないようにか、きつい視線を投げながら、私を見る。
男の人が震えあがっていたから、どんなに怖い顔かと思ったけど……私を見る平沢さんの瞳は、いつも通りかそれ以上に優しいものだった。
情の込められた瞳は、いつも柔らかく温かい。
まるで、平沢さんの人柄を表しているようだなと思って、目は口ほどに……なんていうことわざを思い出した。
「華乃ちゃん、大丈夫か? 本当になにもされてない?」
「はい。平沢さんが見た以上のことはされてません。だから……大丈夫です。逃げてもらっても」
そう告げると、平沢さんはもちろん、男の人も驚いたような表情を浮かべた。
どうやら、簡単に見逃されるようなことではないと自覚はしていたらしい。