とっくに恋だった―壁越しの片想い―
営業の自席で、〝ウグイス定期〟を証書用の封筒に入れ、それぞれを担当の営業のデスクに置く……という作業をしていると、午後の営業から戻ってきた樋口さんに言われる。
重たそうな営業鞄をドサリと置いた樋口さんは、私の右斜め前の席に座りながらこちらを見ていた。
眉間にしわが寄っている。
時間は十五時半で、閉店から三十分が経ったところだった。
「そんなに悪いですか?」
「悪いっていうか、真っ白だけど……野々宮さん、元から白いけど、今は幽霊レベルで真っ白よ。それに、そのクマ、どうしたの?」
指摘されたのは、目の下にできたクマだ。
言われるまでもなく、鏡を見て気付いていたから苦笑いを浮かべる。
目の下にクマが出現し始めたのは、一週間ほど前だった。
どうやら、ストーカー事件以降、本格的な不眠になってしまったようで、浅い眠りさえも続かなくなってしまい。
ベッドには入るものの、ほとんどそのまま眠れない時間を過ごしている。
明け方にトロッとまどろんで、でも眠気が降りてきたころアラームが鳴り、ぼやけた頭のまま出社する。
悪循環なのはわかっていても、改善の余地がなかった。
……理由が、わかっているだけに。
「仕事はできてるので大丈夫です。迷惑はかけません」
そう言うと、樋口さんは眉をぴくりと歪めたあと「仕事じゃなくて、野々宮さんの身体を心配してるの」と、言う。
見れば、叱るような目をした樋口さんがこちらを見ていて……バツが悪くなりながらボソボソと答えた。
こういう心配は、あまり慣れないから。
どう受け入れればいいのかよくわからない。