とっくに恋だった―壁越しの片想い―
「ちょっと……最近眠れなくて。でも、大丈夫です。限界までいけば嫌でも眠るでしょうし」
「それはそうかもしれないけど……それって随分ギリギリのところの話じゃない。一ヶ月くらい前から体調だっていまいちそうだし。
本当に大丈夫? 病院とか行くなら、開いてるうちに行ってきたら? 仕事なら預かるわよ」
本当に心配してくれているのか、樋口さんが眉をしかめながら言ってくれる。
病院は、私も何度か考えた。
精神科だとかにいって、眠れないって話せば睡眠導入剤みたいなものを出してくれるだろうし、それをもらって、睡眠だけでも確保しとかないとマズイんじゃないかって。
だけど……精神科、という病院に行くことに変な抵抗があって未だに行けてはいない。
なんだか行ったら負け……というか、負けず嫌いな面が変なところで発揮されてしまい、それはよくないと思いつつも、結局行けずにいる、というのが現状だった。
それに、こんな風に眠れなくなった理由だとか、体調をくずしたきっかけだとか。
そんなのを先生に聞かれたりするのかと思うと、行けなかった。
〝好きな人が隣に住んでるんです。その人が彼女と話しながら私の部屋の前を通りすぎる声とか、ふたりで部屋に入っていく音とか……そういうのを聞くと、どうしょうもなく苦しくなってしまって。
ごはんも、寝ることさえ、できないんです〟
なんて。
誰にも話せるわけがなかった。
平沢さんからは、あれから数回電話があって、メールもあった。
多分、平沢さんだろうなっていうインターホンも何度か鳴った。
――その全部を、無視した。