とっくに恋だった―壁越しの片想い―
会ったって、話したってツラいだけ。
だったら、会いたくないし話したくもないし、一刻も早く忘れたいと思うのは……はたして、普通の思考回路だろうか。
そんな判断さえもできなくなっている頭で、ぼんやりと考えたあと、樋口さんに笑顔を作った。
「いえ、ただ、季節の変わり目で、身体がついていかないだけですから大丈夫です」
「そう? 本当に無理そうだったらすぐ言うのよ。野々宮さん、確かひとり暮らしでしょ? ひとりで病院も行けなくなってからじゃ大変だから」
「はい。あの……ありがとうございます」
心配してくれる樋口さんにお礼を言い、〝ウグイス定期〟を封筒に入れる作業に戻る。
鮮やかなウグイス色に描かれた紅葉は、もみじか楓か……見つめる先でぐらっと視界が歪むのを感じて、ハッとする。
しっかりしなきゃと自分に言い聞かせて、作業を続けた。
ストーカー事件から十八日。
平沢さんに〝自立したい発言〟をしてから、二ヶ月弱が過ぎていた。
その日もきっちりといつも通りの数があった〝ウグイス定期〟。
それを預金課と私で作り終えたのは、やっぱりいつも通りの時間だった。
それでもまだ残っている営業担当に、お疲れ様です、と挨拶をしてから支店を出て帰路につく。
電車に揺られたあと、とぼとぼと歩きアパートが見えたのは、21時40分。
思わずため息をつきたくなったけれど、これも明日で終わりだと気持ちを立て直す。
でも、早く帰ってこれたところで疲れがとれるだとかそんなことはないのだから、部屋にいなくてすむぶん、もしかしたら仕事に救われていたのかもしれない。
だったら文句ばかりも言っていられないなぁと思いながら、外階段を上がったとき。
いつもとは違った声が聞こえてきた。
どうやら平沢さんの部屋かららしい。