とっくに恋だった―壁越しの片想い―
さすがに会話までは聞こえてこないけれど、たまに盛り上がったときに、ドッと大きくなる笑い声が聞こえてくる。
ここに住み始めてからこんなことはなかっただけに、珍しいなぁと思いながら鍵を開け、玄関ドアを開けた直後、ガチャリと隣の玄関が開いた。
ドア越しだった声が解放され、部屋の中のにぎやかさが、そのまま外へと聞こえてくる。
思わず隣を見ると、そこには、私を見て笑顔を浮かべる男の人の姿があった。
知らない人だ。
でも、平沢さんの知り合いなんだろうし、と一応「こんばんは」と頭を下げ、部屋のなかに入ろうとしたとき。
「あ、待って! キミが〝華乃ちゃん〟でしょ!」と、やっぱり笑顔で話しかけられた。
靴下のまま、ズカズカと歩き、目の前まできた男の人は、恐らく平沢さんと同い年くらいだろう。
靴下のままの足元と真っ赤な顔を見て、ああ、酔っているんだなと悟る。
「そうですけど、なにか?」
「今さ、平沢の部屋で飲んでたら、華乃ちゃんが帰ってきたのわかったから出てきちゃった」
ニコニコと笑ったままの男の人は、「俺、土田ぁ」と、ついでのような自己紹介をするから、私も「野々宮です」と返す。
平沢さんの部屋のなかでは、なにやらガヤガヤと賑やかな声が聞こえていた。
「平沢ー、すぐだからさ、すぐ!」やら「ちょっとだけだから」やら。
聞こえてくる声から推測するに、平沢さんはなにかを強いられてるらしかった。
意外だなぁと思う。
あの人は、あんな風に、すがるように言われるほどなにかを渋ったりはしない。
いつも、その場にあったノリをきちんと把握して、みんなが楽しめるようにって配慮ばかりしてるのに。
後ろの様子が気になりながらも見ていることしかできずにいると、目の前の土田さんが話し出した。