バナナの実 【近未来 ハード SF】
松山の甘く芳(かぐわ)しい一服を終えると三人は、一杯500リエル(15円)の会計を割勘で済ませ、再び焼けるような暑い日差しの中、ソルヤデパートまで歩き始めた。
ソルヤデパートは、プノンペンでわりと大きい商業施設である。とは言うものの、タイや日本のデパートと比べたら、その内装や売り場面積も比較にならないほど乏しい。
デパート一階には、食料品や日用品、化粧品や時計、宝石の店がコンビニの幕の内弁当のように通路で区分けされている
その一角にハンバーガー屋があり、三人は、店内を見渡せる六人掛けの席に腰を下ろした。
「あーあ、気持ちイイ」
「生き返るー」
松山と辻は、思わずそんな声をこぼす。
汗で緩みっぱなしの毛穴が、館内の良く利いた空調にビックリしてキュッと毛穴を閉じる。
汗もあっという間に引き、ベトついていた肌もサラサラ快適に。
ここでハンバーガーを頂くのが日課だというやすが、それを食べながら尋ねる。
「辻ちゃん、仕事は何やってるの?」
今から十年ほど前、辻は、大学卒業後、就職をせず一年間マーケティングのため海外を周った。
そして、帰国後、ネパール、インドから紅茶、台湾から最上級のウーロン茶を仕入れ、お茶を販売する会社を立ち上げた。
一口に紅茶と言っても、産地によりいろいろな種類がある。
ダージリン、イーラム、アッサムなどはその代表だ。
台湾ウーロン茶も同様に、鉄観音、凍頂、プーアール茶などその発酵や茶葉の産地の違いで多くの種類が存在する。
辻は仕事さえ始めれば、それなりに売れるだろうと安易に考えていた。
しかし、現実は、そんな甘いものではなかった。
当時、日本はまだ不景気の真っ只中、高級志向の価格の高い商品を販売することは簡単なことではない。
したがって、収入は高校生のアルバイト代と大して変わらなかった。