バナナの実 【近未来 ハード SF】
あまりに突然の出来事に開いた彼の口は、言葉も出ない。
今まで ―― なついてはいなかったが ―― 子猫のように穏やかだっただけに、そんな彼女の言動が信じられなかった。
それに、何が原因で彼女をそうさせたのか、今の辻の頭では状況を把握できないでいた。
聞き取れたのは“顔”という単語だけ。
気を取り直し、冷静に我が身を振り返る。
僕は、ガンジャを吸った時の自分の顔を知っている。
にわかに充血した目の尻がトロンと垂れ、緩みっ放しの口元には締りがなく、いかにも間抜けな顔だ。
きっと僕がガンジャを吸ったことに怒り、「自分の顔を見てみなさい!」と怒鳴ったに違いない。
そう辻は推測したが、それが正しいのか確かめる術(すべ)も無く、それから彼女は、彼に背を向き殻に籠もってしまった。
いくら話しかけても、何も答えてはくれない。
辻は、怒りが収まるまで待つしかないと諦(あきら)め、喫煙セットをしまい床につく。
彼女に触れることもできず悶々とする中、お互い背を向け最後の夜を明かしたのだった。
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