バナナの実 【近未来 ハード SF】

季節の移り変わりと同じくして、日中は、近所の飲食店でアルバイトをし、それを終えてから、お茶の注文処理や商品梱包をおこなう日々を送るようになる。


一年頑張ったが、売り上げは思ったほど上がらなかった。


日本の景気は確かに悪かったし、高級品志向という世間の風潮もなかったが、それらが業績不振の原因ではなかった。


むしろ、辻の営業手腕や経営に対する考え方が未熟で、客観的視野に欠けていたのだった。


だから、たとえ景気のよい時代であっても、当時、彼が成功しなかったのは当然のことであった。


のちに彼は、一年仕事を続けては、数ヵ月、東南アジアを旅することを数年繰り返えすようになる。


そうまでして海外で息抜きでもしないと、この日本の生活環境という見えない重圧に押しつぶされ、ぺしゃんこになってしまうと感じていたのだ。


そんな調子でいたので、いつまで経っても、お茶の仕事など上手くいくわけがなかった。




「今は無職です。・・・大して儲からないし先が見えちゃった感じで、何もかもイヤになって廃業してこっちに来たんです」


彼は、腐って異臭を放つ内臓に自ら手を入れ、それでいて苦痛の表情一つ浮かべることなく、明るく振舞いそれらを体内から引きちぎり出す。


すると、やすは、胸の内からアルバムを取り出すように、昔のモノクロ写真について話し始めた。


「うーん、俺も会社を始めたばかりの頃は、大変だったよ。もう結婚していて、乳飲み子もいてねえ。


会社の運転資金の融資がどうしても受けられなくて、路頭に迷いかけたこともあったなあ~。


ハワイで不動産会社を経営していたんだけど、社員には毎月お給料払わなきゃならないし、人件費や固定費を払ったら自分の取り分なんて殆(ほとん)どなかったね」


「そんなこともあったんですか」とやすに調子を合わせる辻は、カップのアイスクリームに夢中な松山にチラホラ視線を泳がせる。


「親父は日本で建設やっていて、いつも俺に言うんだよ。『そんな儲からない仕事早く見切りつけて戻って来い!』ってね。


まあ、なんとか融資を受けられることになって、会社は回るようになっていったけど。だれでも初めは苦労するんじゃん」
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