バナナの実 【近未来 ハード SF】
第16章 バカな男
■ 第16章 バカな男 ■
「もしもし、金メッシュのやすです」
化粧半分崩れたような芝居をする男の声が、受話器越しにする。
夕食を済ませ部屋で書き終えた手紙を読み返したり、NHKの衛星放送番組を見たりしていた辻は、珍しく今晩、出かけるつもりが無かった。
遊びに出る気力も失っていたと言い直した方が正確かもしれない。
そんな彼のもとに、ちょうど、午前0時、一本の電話がきたのだった。
「はい、ヤスさん、こんばんは」
「ウソで~す。不動産のヤスです」と、おどけている。
「アレ! 本当に金メッシュのやすさんかと思いましたー」
辻も、その空回った冗談に便乗する。
着信画面には“ヤス”の文字。声でも分かるが、そもそも金メッシュのやすとは、中国の昆明以来、音信不通で番号を知らせていなかった。
ヤスからの電話は、真っ暗だった夜明け前の湖面に、柔らかな明かりをもたらしたように辻の気持ちを変えた。
話の内容はと言うと、みんなUクラブにいるので来ませんか?というお誘いだった。
電話越しに、早口で緊迫した映画のセリフとクラブの客であろう声が混じり、ビリヤードの玉が弾ける音が遠くに聞こえた。
毎日いたはずのその雰囲気が、なんだか久しぶりで新鮮に思えた辻は服を着替え、すっかり寝静まった都会の大通りをバイクで飛ばした。
つい最近、彼は白い携帯電話を購入し、月極(つきぎ)めで100ccのバイクを借りていた。
日本人の知り合いも増え行動範囲が広がり、それらのアイテムは必需品となっていた。