バナナの実 【近未来 ハード SF】
唯一、覚えている会話と言ったら、「付き合っている彼氏はいるの?」という僕の問いに、眉にしわを寄せ、「男はみんな蝶(ちょう)だからキライ」と言われた言葉だった。
どうやらこの世界には、僕の知っている鏡というものが存在しないらしい。人間であると信じて疑わなかった自分が、蝶だったなんて。
僕の羽は、どんな模様で、どんな形をしているのか?
自分にピッタリなことを考える自分が、Uクラブで踊る女たちと同じくらい、不思議で皮肉で愉快に感じられた。
部屋に着いた二人は身体を清め、ベッドに潜り込んだ。
肌と肌が触れ合う度、彼は過去の記憶と照合(しょうごう)するように羽をバタつかせる。
誰かが側(そば)にいるだけで、ニアンを感じることができた。
彼女は激しく情熱的だったが、そのことが頭から離れることはなかった。
午前4時、彼女が帰る支度をするので、辻は、一階にある宿の受付まで見送りに行く。
宿のシャッターが開き彼女が帰っていくと、入れ替わるように表の通りでバイタクシーが一台止まった。
ちょうど逆光で顔は見えなかったが、こちらにまっすぐ向かってくる黒影に、宿の宿泊客が帰宅してきたのかと思う。
が、すぐに辻の顔は青ざめ気が動転した。
なんでこんな時分(じぶん)に、しかも、こんな状況の中、彼女がここに・・・。
このあり得ない偶然を、今まで呪ったことはなかった。
次の瞬間、ヤバイ、隠れなきゃ!という言葉が心に飛び込む。
入り口を背にして階段を這(は)い上がろうとした時、「ユー!」と辻の名を呼ぶ女性の声が。